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Selfishly

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百年続く恋 p2


~~ 百年続く恋 ~~




 暗闇のままの家へと戻ってくる。
 今日は久しぶりの心温まる休日になる筈だったのが、何故こうなってしまったのか…。


 ロイはぶつけられない憤りを、やるせない気分のまま酒で流そうと
 適当に掴んだ酒瓶を、グラスに入れるのも手間だというように煽る。

「全く…! 何だって言うんだ、あいつの態度は!!」
 苛々と積もる怒りは、酒如きでは治まらない。それどころか、悪態を付く口に拍車を駆けていくようだ。
 酒瓶を煽りつつ、リビングへ入っていくと、ロイがセットした茶器が綺麗に並んでいる。
 それが更に腹正しさと、その倍の虚しさを感じさせ、ロイは八つ当たり宜しく、机の上を乱暴に払う。
 耳障りな音と共に、エドワードの気に入っていたティーカップセットは落ちて粉々になっていく。
「くそぉー」
 それでも怒りは治まらないのか、ロイはどかりとソファーに座り込み、持っている酒を煽ろうとした。
 と ――― 目の前にちょこんと置かれた菓子袋が、先程のロイの狼藉で傾いているのが、視界に飛び込んできた。
 そして、昼間の定員の言葉が浮かんでくる。

『これはうちでは珍しく、甘さが控えめになってる限定商品なんです。
 以前そのことをエド君に話したら、ぜひ食べさせたい人が居るって。
 いつもはあんまり甘い物を食べない人だから、その人でも食べれる物が欲しいって。
 ふふふ。よっぽど好きな人なんでしょうね。凄く熱心に聞いていたから』

 その言葉を思い出し、ロイは酒瓶を置く。
 そして、徐に立ちあがると、電灯も点けたまま、玄関の鍵だけ閉めて先を急ぐ。

 ―― エドワードが逃げ込んだだろう、いつもの宿へ向かう為に ――









 *****

「兄さん…、絶対に何か誤解してるんだよ」
 宿の主に許可を貰って連れ込んだ猫と遊んでいたアルフォンスの部屋へ、物凄い勢いで飛び込んだエドワードは、
 先程からロイの悪口を叫びつつ枕へと八つ当たりの拳を打ち込んでいる。
「何が誤解だよ! 俺はちゃんと、この目で見たんだ!
 あいつぅー、あんの野郎! よりによって俺が帰るのを知ってて、女と逢引してやがるなんてぇーーー。
 嬉しそうにプレゼントとか貰ってて…、くっそぉー」
 悔しさで歯噛みしているエドワードに、アルフォンスは大きな溜息を吐く。
「それ、絶対におかしいって…。あの要領の良い大佐だよ? もし兄さんが言うとおり逢引するにしても、
 絶対こんな日を選んだりしないって」

 ―― アルフォンスの真っ当な意見には、妙にロイに対する信頼の薄さが透けて見える気がするのは、
     気のせいだろうか…?

 そのアルフォンスの言葉に、エドワードが見つけ出した仇のように鋭い視線を向けてくる。
「何だよ、それ! じゃあ、大佐が浮気しているとか、二股かけてるとかって、お前は言うのか!」
 矛先が自分に向けられて、アルフォンスははぁーと脱力してしまう。
 違うと言えばそんな事はないと言われ、もしそうならと言えばそんな事が有るはずがないと怒鳴られ……
(痴話喧嘩は、二人でして欲しいよなぁ…)
 そんな見解を抱きつつ困っていると。

 コツン

 と小さな音が、耳に届いてくる。
 最初は小さな音だったから、ベッドで暴れているエドワードが立てた音の一部かと思っていると。

 コツン コツン

 と音は窓の外から届いているようだ。
 アルフォンスは何事かの予感を持ちながら、不貞腐れているエドワードを無視して、窓際に近付いて行く。
 そして、下で佇む人物を見とめ、くすりと小さく笑う。
 そうなれば善は急げだ。このまま低気圧の兄を相手にしていては、折角連れ帰った子猫と遊ぶ暇もなくなる。
 明日には里親を探して引き渡さなくてはいけないのだ。傍で居られる時間は少ない。
 アルフォンスはそう判断して、さっさとベッドへ歩いていくと、不貞寝しているエドワードの身体を抱え上げる。
「どわぁー! いきなり何すんだよ、アルー!」
 慌て叫ぶエドワードを無視して、アルフォンスは抱え上げたまま、部屋を出、宿の玄関の外へと放り出す。
「―― って~。いきなりお前は何すんだよ!」
 玄関の扉の前に尻餅をついたままエドワードが抗議を訴えるが、アルフォンスは気にかけた様子もなく。
「兄さん、鬱とおしいから今日は帰って来ないでよ」
 そんな弟の無情な言葉に、エドワードは悲鳴に近い声を上げる。
「アルーーー!」
「…ちゃんと話し合っておいでよ。文句ばかり言ってるのって、相手を信頼してないみたいで、良くないよ」
 そう掛けられた言葉が最後に、アルフォンスが部屋へと戻っていくのか、気配が遠くなっていく。
 暫し茫然と座り込んでいると、近付いてくる気配に顔を向ける。

「エドワード、迎えに来た…。行こう」
 そう言って手を差し出した相手を見る。
 いつもきちんとした身なりをしている癖に、今のロイはだらしない。
 シャツは胸元が肌蹴てて、上着も着ていないのに裾は半分はみ出しているし。
 足元は……、エドワードは思わず笑みを浮かべてしまう。
 片一方は靴下を履いて、もう一方の足は、素足のまま靴を履いている。
「…… さぁ、行こう?」
 エドワードが何を見て笑ったのかに気付いたロイが、少し情けない表情を浮かべ、それでも笑い返してくる。
「……… ん」
 小さく頷いて、エドワードは差し出された手を握り返す。

 帰り道はどちらも無言だったが、司令部での帰りの時のように、余所余所しい空気は消え去っている。
 とぼとぼとぼと、疲れた足取りでロイの家への道を歩いていく。
 
 本当なら、早く着いたおかげで陽の有るうちに歩けた筈の道。

 本当なら、二人で美味しい食事を楽しんだ後に通る道。

 互いにそんな事を考えて歩いていれば、とても惨めで、哀しくて…、
 勿体無かった ――。

 どうして、滅多になかった一日を、こんな風に過ごしてしまったのだろう。




 ロイの家の前まで来れば灯りは点いたままだった。
 ロイの姿といい、家の灯りといい。よっぽど慌てていたのだろう。

 そんなロイを、……… 別に、本当は疑っていたわけじゃない。

 少しだけ、そうほんの少しだけ――― 嫉妬しただけなのだ。
 ロイが余りに幸せそうに、嬉しそうにその女性を見つめているから。

 そんな視線を送られるのは、自分一人であって欲しいから。

 だから、腹が立った。悔しかった。苛立ちがぐるぐると駆け巡った。
 繋いだ手をどちらとも離さずに、そのまま家へと上がり込む。
 いつもの習慣で、まずはリビングへと足を向けて………。
 中の惨状に、エドワードは呆気に取られ、ロイは気まずい表情を浮かべる。

 散乱しているカップは、エドワードのお気に入りだ。
 綺麗に揃って割れているのは、ロイが前もってセットしていたからだろう。
 エドワードは繋いでた手を離して、壊れたティーセットの前で屈みこむ。
「―― すまない、片付けるのを忘れていた」
 謝ってくるロイに、エドワードは首を横に振って返す。
 小さく手を打ち鳴らし床に着けば、綺麗な光と共にセットは元通りの姿で床へと現れる。
 エドワードは拾い上げてテーブルに置こうとして、そこにある小さな袋に目が吸いつけられる。
「これって………」
 エドワードの差している物が、昼間の菓子袋なのに気付いたロイが、思い出したように語る。
「昼間にデザートでもと買いに行った店で、君の事を良く知ってる女性の店員さんが居てね。
 … 頼まれていた限定商品だと言って、店を出た後に態々追いかけて渡してくれたんだ」

 エドワードは目を丸くしながらロイの話を聞いている。
 その菓子袋のロゴマークはエドワードも良く知っている。
 そして頼んでいた限定商品。甘さが控えめで、菓子を食べない人でも喜ぶと言う………。
 昼に見た光景が浮かんできた。
 そして、唐突に真相に気づいたのだった。
「はっ…、俺って、馬鹿みてい…。―― みてい、じゃなくて馬鹿だよな」
 「エドワード?」
 俯いて自嘲気味に笑い出すエドワードに、ロイは心配そうに伺ってくる。
 エドワードはギュッと菓子袋を握って、ロイに差し出す。
「ごめん! 今日の事は、全面的に俺が悪かった。
 これ、あんたに食べさせてやりたいと思ってた菓子なんだ。
 これで流してチャラにしてくんない?」
 突然のエドワードの謝罪に、訳も判らずロイも呆気に取られる。
 
 テーブルの上に置かれた菓子袋を見て、驚いたような表情を浮かべたエドワード。
 そして、ロイが説明してやれば、ホッとしたように安堵した表情に変わり。終いには、俯いて落ち込んだ、彼。
 そんなエドワードの変化から、ロイは一つの可能性有る答えを導き出す。
「エドワード、昼過ぎに着いていたと聞いたが…?」
 罰の悪そうな表情を浮かべて、エドワードは頷く。
「――― まさか、君。これを手渡しているところを見ていたとか?」
 そのロイの問いかけに、エドワードは神妙に頷く。

 暫くの沈黙後、ロイは大きく脱力する。
 そして、コツンとエドワードの頭を殴ると一言。
「つまらない誤解をするんじゃない!」
 と一喝した。
「……… はい、スミマセンデシタ…」
 全面的に悪いのを自覚しているエドワードは、妙に大人しく謝ってくる。
 ロイはほぉーと安堵しながら、目の前で小さくなっているエドワードを抱き込んだ。
「全く…。どうしてくれるんだ。折角の私の計画がパァになるし――。
 そうだ! 洗濯物も干しっぱなしだ!!」
 今気づいたと慌てるロイに、エドワードは彼の袖を引く。
「――― 本当にごめんな。俺も手伝うから」
 そう告げて、自分を見上げてくる恋人の可愛らしさに、ロイの頬も綻んでしまう。
「嫉妬は大歓迎だが、君が焼くような心配は―― 全く有り得ないぞ」
 そう告げて、今日最初の口付けを落とす。

 そうして暫くの間、甘い恋人の唇を堪能して、ロイは意地悪く笑って告げる。
「お詫びは、この後に期待しているよ」   ―― と。





 翌日は、朝からご機嫌のロイが元気良く勤務へと向い。
 エドワードはと言うと、その日から数日、アルフォンスの元へと帰らなかった――、いや、帰れなかったそうだ。


 出来た弟のアルフォンスは、連絡してきた兄に快く了承を返した。

「兄さん、僕の事なら気にしないで! 
 何なら、出発の目処が立つまで、大佐のところでお世話になっててよ」
 そう告げられ、エドワードは渋い表情をし、それを聞かされたロイは、気の利く弟に大感謝の念を持ったとか………。



  ・・・・・ 【 上司と部下未満 】 ・・・・・ act 2


 まだ軍属になって日が浅かった頃。エドワードの軍人嫌いは変わっていなかった。

「兄さん、後見人の大佐が優しい人で、僕達良かったよね」
 事有るごとにアルフォンスが口にするその言葉。エドワードはそれを聞かされる度に、
 口を酸っぱくしてアルフォンスに忠告する。
「なーに騙されてんだよ、アル! あいつはな、お前を研究室送りだとかほざいてた奴だぞ!」
「え~。別にそういう事態もあるから気をつけろって忠告してくれたんであって、
 そうすると言った訳じゃないと思うよ?」
 そんな反論も耳にタコな程聞かされていて、エドワードの心の中では、善良な弟が餌食にならないようにと、
 警戒心を強めていくのだった。


 確かに、まぁ色々と便宜は図ってもらっているし、……面倒ごとも肩代わりしても――もらってたりもする。
 最初の脅しの時以外は、アルフォンスの秘密を楯に脅す事も無ければ、何かを強請される事もない。
 どちらかと言えば、護ってもらってる場合の方が多かったり………。

 が、どれだけ善良ぶってはいても、所詮は軍人だ!
 人の命を命とも思わず、どんな非道なことでも、上司の指示の元で実行する奴ばかりなのだ!
  そんな偏った考えを抱きながら、軍と軍人、ロイ達とも付き合っていき始めたのだった。


 が、――― どうにも、ここ東方では、警戒心を保ち続け難いのだ。


「よぉ~、大将、戻ってきたんか!」
 明るい陽気な声で呼び掛けられ、エドワードが何かを返す前に、わしゃわしゃと髪を混ぜかえられる。
「わぁー! 少尉、それ止めろって言ってんじゃないか!
 俺の背が縮んだら、責任取れよ!」
「ん? そりゃ、悪かったなぁ。……でもよ、それ言うならちっとは伸びてから言ってくれよな? 
 俺も、無い物には責任取れんぞ?」
 そう返された言葉に暴れ回るエドワードを、周囲は楽しそうに眺めている。
 一頻り激しいスキンシップが終わる頃を見計らって。
「さぁ二人とも、お茶にしましょう。でも、その前に、散らかした物は、ちゃんと片付けて。壊した物は直してね」
 そう声を掛けられれば、懐かしい記憶が揺さぶられる。
 しんみりとなった二人に、気付いた皆が励ますかのように声を掛け、話を振ってくる。
「アル、聞けよぉー、この前ブラハの奴がさー」
「エドワードさん、前に来た時に言ってた店なんですけど」

 口々に離し掛けてきては、兄弟二人の気持ちを盛り上げようとしてくれる。
「はい、お茶が入ったわよ」
 そうやって差し出されたカップは二つ……、アルフォンスが飲めない事を知ってからも、
 ホークアイ中尉の優しさは変わらない。
 差し出されたカップを手に、温度を感じないはずのアルフォンスも温かさが胸に伝わってくる気がする。


 少しばかりいけ好かない上司が居ても、ここ東方のメンバーの良さは、変わらない。
 顔を頻繁に出す司令部が、ここで。迎えてくれるメンバーが、この人達で。エドワードとアルフォンスも、
 良かったと感謝しているのだ、本当は。


「えらく賑やかだな…。おや、戻って来てたのかね」
 そうやって声を掛けてきた相手は、アルフォンスが常に感謝し、エドワードが警戒する後見人だ。
「あっ、大佐! お久しぶりです。すみません、急に寄らせて頂いて」
 礼儀正しく立ち上がり、非礼を詫びる弟にロイは小さく笑って返事を返す。
「別に構わないさ。ここは君たちの所属の場所でも有る。顔を出せる時は、いつでも還ってくれればいい」
 ロイがそう返せば、アルフォンスは感激したように礼を告げている。
 が、片や後見している方の兄といえば…。
「べーっつに帰りたくなんかないさ。あんたが、定期報告は直接になんて、面倒なこと言うから、
 仕方な~く寄ってやってるだけだ」
 そんな失礼極まりない言動に、弟のアルフォンスは大焦りする。
「兄さん!! 何て失礼な事を言うんだよ! こんなに良くして貰ってるのに、ちゃんとお礼も言えないなんて…!
 母さんが知ったら、哀しむよ……」
 そのアルフォンスの言葉には、さすがのエドワードも気まずそうに表情を曇らせる。
 そんな雰囲気の中。
「あっははははーーー! 君らは、どっちが兄か判別がつかないな」
 と愉快そうな笑い声を上げつつ、ロイがそう茶化してくる。
「なにぃー! 背丈が小さくても兄とはこれ如何に? だとー」
 憤怒して騒ぎ立てるエドワードを軽く往なしながら、ロイはエドワードの報告を聞く為に、
 そのまま執務室へと誘導していく。



 静かになった司令部内では、皆が苦笑しながら執務室へと続く扉を見つめている。
「――― すみません、兄が酷い事言って…」
 恐縮して謝るアルフォンスに、皆が首を横に振って、ある者は手を閃かせて気にするなと伝えてくる。
「…兄さんも、本心であんな酷い事を思ってるわけじゃないんです」
 一生懸命に弁明するアルフォンスに、皆も判ってると頷いてくれる。
「アル、大丈夫だって。俺らも、大勢の人間見てきたからな、あいつの態度の要因もちゃんと判ってるさ。
 あいつは―― エドは、お前を護る為に必死なんだよ」
 そのブレダの言葉に、周囲も賛同して頷く。
「右見ても、左見ても大人で、軍人でーじゃ、そりゃー、普通の子供ならびびって怯むもんだぜ」
 ぷかぷかと煙を吹かしながら、ハボックが続ける。
「それでもエドワードさんは偉いですよ! 僕は尊敬してます」
 キラキラと瞳を輝かせながら、そう言い切るフュリーはエドワードの熱心なシンパだ。
「優秀な頭脳に、それを行動に移せる実行力。大人でも、彼ほどの実力者は、そうは居ませんよ」
 感心仕切った表情で、ファルマンも語る。
「それに、エドワード君は人を労われ、痛みを気遣える優しい子よ。
 勿論、アルフォンス君も同じにね」
 そう最後にホークアイ中尉が掛けてくれた言葉には、流せ無くなった筈の涙が浮かんでくる気がした。

「アル、心配すんな。あいつは馬鹿じゃない。その内ちゃんと、気を抜く時と場所を理解するって。
 あんま、お前が気にするんなよ」
 笑ってそう言いながら、胸を小突かれる。
「…はい・・・、そうですよね。兄さんも、ちゃんと伝えれる日が来ますよね」
 そう返しながら、アルフォンスは何度も何度も皆に頭を下げ続けた。








 エドワードの山のように積み上げられた警戒心も、焦る日々や、悲しみに落ち込む時。
 自分の道を見失いそうになる日の中で、変わらず自分達を励ましてくれる面々に、
 ―― そして、少しずつ、少しずつ、ロイへの理解が深まる中で、警戒が信頼へと揺らぐようになって行ったのだった。


 
 


 *****

 届いた封書に、ホークアイ副官が嘆息を吐く。
「拙い事になりましたね…」
 彼女の言葉に、微かに頷きながら総統府の印が押されている封書を見つめる。
「どこの馬鹿が、つまらぬ知恵を巡らせたのか――」
 不機嫌を隠そうともせず、ロイは重要書類の便箋をデスクへと投げ出す。
「西方で苦戦しているテロを殲滅しろ…ですか」
 投げ出された書類から、ざっと内容を読んで確認する。
「しかも、錬金術師が絡んでるから、殲滅には国家錬金術師を差し向けるように…って、出来すぎだろうに」
 
 この東方では、当然ながら司令官代理が優れた錬金術師なのは、周知の事実だ。それも最近では、
 後見人の少年が歴代初の最年少国家錬金術師になり、その少年の華々しい活躍が取り上げられる毎に、
 ロイの知名度も高くなっている。
 それにひかえて、西方支部ではお抱えの錬金術師が居ないときている。
 以前からロイに半場強請に、エドワードの所属換えを要請し続けてきてくる。ロイにしてみれば、
 大総統の後押しも頂いての後見人なので、横槍が入ろうが気にもせずに流してきていた。
 大抵の者はロイのやんわりとした断りで、渋々と引き下がるのだが、
どうにも西方の司令官、ハクロ将軍は事の他、エドワードがお気に入りらしく、総統の言葉をちらつかせても、
 しつこくと食い下がってくるのだ。

「しかし、あのプライドの高い御仁がねぇー。良くセントラルのお偉いがたに、頼み込んだものですね」
 ロイは不愉快そうに鼻の頭に皺を寄せると。
「… それだけ鋼のに御執心と言うわけだ」
「あの方、列車でテロから助けてもらって、甚く感激してましたからね」
「そうそう! 何かと用もないのに査察だと顔を覗かせては、鋼の錬金術師は居ないのかとか、
 何処にいるとか必ず聞いて行きますもんね」
 困ったもんだと顔を見合わせていると、フュリーが不思議そうに伺ってくる。
「でも、その割りにテロ殲滅なんて危険な任務に行かせようって、おかしくないですか?」
「………そういや、そうだよな。幾らエドの奴が腕の立つ錬金術師だからっても、経験値は低い軍属だぜ? 
 下手すりゃ、怪我を負う位はするだろうしな」
 皆が首を傾げていると、ロイがあっさりと答えを出してくれる。
「人の価値は様々だ。が、軍人でいる限りもっとも栄誉有る事は、
 功績を立てて階級を上り詰めていく―― に拘るものは多いさ。
 
 ハクロ将軍の狙いもそこら辺にも有るんだろうさ。
 多少の負傷を負おうとも、成功すれば功績は認められ箔が付く。
 そして、付いたところを掻っ攫おうと言うわけだろう」
 優秀な錬金術師が二人もいる東方と違って、西方には一人も居ないから、力の分配を口実に
 所属変えを言い出す算段だろうが…。
 ロイは組んだ手の平に顎を乗せ、暫し思案する。
 エドワードは別にロイの持ち物ではない。後見人はしているが、それは本人の希望によって変える事も勿論出来る。
 人に関わりを持ち無く無い術師は総督府に身柄を預ければ良い。
 が、―――――
 エドワード達兄弟は、重い秘密を背負っている。
 無闇やたらと後見人を変え、秘密を知る者を増やすわけにもいくまい。
 ロイの思考の邪魔を控えたいが、火急の要請では悠長にも出来ず、ホークアイは遠慮がちに指示を伺う。
「……どう対応致しましょうか?」
 その問いかけに、ロイはふっと口の端を歪め笑いを湛えると。
「なーに、別にあちらに漁夫の利を貪らせる必要も無い。そんな義理も有るわけじゃなし」
「それは…そうでしょうが……」
 だからと言って勅命を無視することなど出来るはずが無い。そんなホークアイの当惑が、珍しくも表情に表れている。
「大丈夫だ、中尉。勅命は勿論、遂行する。―― 私がな」
 その言葉に、周りを取り囲む面々が仰天する。
「た、大佐が直々…っすか!?」
「ああ。―― 別に錬金術師を誰にしろとは書かれてる訳じゃなし。私も国家錬金術師の端くれだ。問題はないだろ?」
「しっ、しかし…」
 平然としているロイと違って、部下達は顔色を変えている。
「丁度良く、鋼のも不在で連絡も無い。火急の件の為、私が出ても誰も異論は唱えないさ。

 ――― それに、殲滅は……お手のものだからな」
 最後に呟かれた言葉に、聞いていた者、皆が黙り込む。

「では、スケジュールの調整を頼もうか。後、人選は私が行う。
 大人数で行っても動き難くなるだけだからな。ここは少数精鋭で挑むとしようか」

 ロイの判断に、全員が無言で敬礼し了承を伝える。
 『殲滅』なのだ…。
 応戦や更迭、拘束ではない。
 誰一人も、生き残らせる必要がない ―― そういう意味の指令だ。

 逆らう者、逆らわない者。
 投降しない者、しようとする意思のある者。

 どれも、関係ない。
 殲滅とは文字通り、全てを屠り、塵に還す事なのだから…。





 話は終わったと、ロイが皆を解散させようとする矢先に、執務室の電話が鳴り始める。
 慌てる事無く、傍で立っていたホークアイが受話器を取るが、話し始めた途端に、眉を寄せロイの方を伺ってくる。

 交換手から切り替わり、元気な声が届いてくる。
「久しぶりね…、エドワード君」
 ゆっくりと声を出され呼ばれた名前に、ロイは嘆息し、メンバーは肩を落とした。
「彼がトラブルに巻き込まれる体質なのも頷けるな」
 呆れたように呟きながら、通話中のホークアイの会話に耳を傾ける。

「そう…、情報収集がてら、報告書を出しに来てくれるのね」
 そう確認するふりで口に出し、視線でロイの指示を仰ぐ。
 机を指で数回弾き、ロイはホークアイの方に手の平を差し出す。

「ちょっと待ってね。今、大佐と変わるから」
 そう断りを告げると、受話器の向うで声が一層大きくなって伝わるから、代わるなとか、
 嫌だとか叫んででもいるのだろう。
「…相変わらずのようだな、鋼の。
 今はどこまで足を伸ばしてる最中なんだ」
 そう訊ねてみれば、西方との県境からの帰りらしい。
(おやおや、渦中近くに居たとは、根っからのトラブル体質だな、彼は)

「成る程、そこからなら一両日で着けるな……」
 どこの支部も県境には特急列車が行き来している。停車駅が少ない分、駅近くで無い者は乗れるチャンスが
 少なくなるが、近ければ最速で支部ごとの主要都市に行けるのだ。
「久しぶりに無事な姿を拝見させてもらいたい気もするが、戻ってきてからでは二度手間になるかな?」
 ロイの思わせぶりな言葉に、受話器の向こうが騒がしくなる。
「いや…、南部の情報なんだが、そこからならセントラルを越えて一直線で行けるなとね」
 そんな話を無視できるエドワードではない。迷いなく即答された返事に、ロイは満足そうに頷く。
「そうか、直接行くか」
 その言葉に、周りの者も安堵した表情を浮かべる。
「では資料は南方司令部に送っておこう。
 ああ、報告書はそれと纏めて後日提出に来てくれればいい。
 では、気をつけて行って来なさい」
 そう締めくくって受話器を戻す。
「やれやれ、余計な手間を増やす子供だな」
 そう言って嘆息するロイに、周りは苦笑するに留める。
「大佐、南方に情報があるなど…」
 そんな口からでまかせを言っては、あの子供がどれだけ怒るか…。
「大丈夫だ、中尉。情報は本当にある。ただし…、彼の役には立たないことが確認されているものではあるがね。
 取り合えず、それでも渡して遠ざけておくさ」
 にっこりと笑うロイに、副官は仕方ないと溜息を吐く。







 *****

 兄弟が急遽馳せ参じた場所は、南方でもかなり端の辺鄙な、いや鄙びた町だった。火山近くのその一帯は、
 南方の中でも更に暑い土地柄である意味有名な場所でもあった。


「でぇー! なんじゃこれはぁー」
 悲鳴のように上げられたエドワードの声に、アルフォンスも同意するように頷く。
「兄さん…、この情報は駄目だったね」
 若返りに、万物の病を癒す泉。渡された資料の中にあった言葉を頼りに訪れてみれば、そこは硫黄の臭いも充満する――
 所謂、温泉街だった。
 「折角だから浸かってお帰りよ」の街の人達の誘いにも、鋼の身体を持つ兄弟では遠慮するしかなく、
 念の為にと検証をした後にセントラルに向かう列車に乗り込んだのだった。

 土産の温泉卵とやらを、むしゃむしゃと頬張りながら、エドワードは悪態を吐き続ける。
「ったくー。もうちっとマシな情報を寄越せってんだよ」
 そんな兄を諫めながら、アルフォンスは買い求めた新聞を眺める。
「仕方ないでしょ、それは。情報を集めてもらってるだけでも感謝しなくちゃ。―― あれっ…」
 急に紙面に顔を付けるようにして読み出したアルフォンスに、さすがに卵ばかりには飽きてきたのか、
 エドワードも何だと乗り出してくる。
「これって……。へぇー、そうだったんだぁー。さすが大佐だよね」
 成る程成る程と一人納得している弟に、エドワードは苛々としながら、教えろと喚いている。
「もう! ちょっと待ってって、もう少しで読み終わるんだから……」
 弟の邪険な態度に、拗ねたようにエドワードが黙り込む。
 アルフォンスにしてみれば、静かになったのを幸いと記事を読み進める。


「……… そうだったんだぁ。大佐も本当に忙しい人なんだよね」
「――― だーかーら、何が!?」
 いい加減に教えろよと怒るエドワードを往なしながら、アルフォンスは説明を始める。

 記事の要約は、こうだ。
 西方の廃村になった場所を根城に、錬金術を使って悪事を働くテログループを、総督府の勅命を
 受けたロイ・マスタング大佐が殲滅にあたる。
 西方には対抗できる錬金術師がおらず手こずっていたところ、任務に中ったマスタング大佐と少数の部下は、
 二日の内に任務を完了した。

「やっぱり、凄いんだよね、マスタング大佐って」
 親しい人の功績は嬉しいものだ。素直に喜んでいるアルフォンスに、心漫ろな相槌を返していく。

 何となく腑に落ちない…。
 記事の日付を見れば、自分が東方に出た直後の事のようだ。
 幾ら総督府の勅命とはいえ…司令官代理を務めている人間を、他支部のテロ事件に動かすだろうか?
 錬金術師の替わりは居るだろうが、司令官の代理など………。
 そこまで考えて、エドワードはまさかと思う。

 ――― 考えすぎだ。そこまでしてもらう理由も無ければ、義理立ててもらうものもない。
 ……… 高が一介の軍属の自分の代わりになどと ―――

 もやもやした浮かない気持ちを振り払うように、頭を振って考えるのを止める。あのいけ好かない野郎は、
 自分の出世の為に必死なだけだ。
 自分が気に病むような事は、何にも、何一つあるわけがない。

 これでまた昇進かなとはしゃぐアルフォンスを他所に、エドワードは関心なさを装い、
 列車が着くセントラルへと意識を向ける。








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